「先生!先生!助けてください。」血相を変えて緑山事務所に飛び込んできたのは、パティシエの雅美だった。
落ち着いてください。話を聞きましょう。
はい・・・。私は 「プティロマーヌ」 というケーキ屋を営んでいます。店を始めて5年ほどになります。常連客もついて、それなりに人気のある店です。それが半年ほど前・・・店をずっと手伝ってくれていたミワコが、突然辞めて・・・。風の噂では、彼女が隣町でケーキ屋を始めたという話は聞いていたのですが・・・
えぇ、それで?
それで先日、うちのお客さんが 「2号店を出したのね」 なんて言うから驚いてっ。話を聞くと、ミワコが勝手に 「プティロマーヌ」 という名前でケーキ屋を開いていたんです!そういえば最近、客足が減ったなと思っていたら、こんなことにっ!
なるほど。
それで、ミワコに電話して、勝手に 「プティロマーヌ」 の店名を使わないように言ったら、そしたら、もう 「プティロマーヌ」 の商標登録をしたって言うんです。それどころか、私に 「プティロマーヌ」 の商標を使いたいなら使用料を支払えなんて言ってくるんです。こんなことって認められるんですか?
ちょっと調べてみましょう。
・・・確かに、「プティロマーヌ」 の登録がありますね。権利者は「花丸ミワコ」となっています。登録日は、平成26年3月10日・・・2ヵ月程前ですね。
あぁどうしよう。やっぱり登録されてたんだ。
そうですね。なにか良い解決案を考えなければ・・・。
ていうか、こんな社会の道徳に反するような登録が認められるのですか?
確かに、商標法4条1項7号には「公の秩序又は善良の風俗を害するおそれがある商標」は登録できないと定められています。「公の秩序又は善良の風俗を害するおそれがある商標」には、社会の一般道徳観念に反するような商標等も含まれています。
「社会の一般道徳観念に反するような場合には,本件のように,ある商標をその指定役務について登録し,これを排他的に使用することが,当該商標をなす用語等につき当該商標出願人よりもより密接な関係を有する者等の利益を害し,剽窃的行為である,と評することのできる場合も含まれ,このような商標を出願し登録する行為は,商標法4条1項7号に該当するというべきである。」と判決された例もあります(東京高裁 平成14年7月16日判決)。
今回は、ミワコさんが使用料の支払いを求めてきているので、剽窃的行為であると判断されるかもしれませんね。とすると・・・既に登録日から2ヵ月経過しているので、異議申立は無理ですね。なので無効審判で争うことになりそうですね。
今すぐ、無効審判してください。
ただ・・・一方で、このような判決もあるのです。
「本来商標登録を受けるべきであると主張する者が,自らすみやかに出願することが可能であったにもかかわらず,出願を怠っていたような場合や,契約等によって他者からの登録出願について適切な措置を採ることができたにもかかわらず,適切な措置を怠っていたような場合(…中略…)は,出願人と本来商標登録を受けるべきと主張する者との間の商標権の帰属等をめぐる問題は,あくまでも,当事者同士の私的な問題として解決すべきであるから,そのような場合にまで,「公の秩序や善良な風俗を害する」特段の事情がある例外的な場合と解するのは妥当でない(知財高裁 平成20年6月26日判決)。」
ちゃんと商標登録しておかなかった私にも非があるかもしれませんが・・・
先ずは、話し合いの場を設けましょう。ミワコさんの言い分も聞いてみないことには話は始まりません。いざ無効審判となると、お金も時間もかかってしまいますし、審判や訴訟などで争いが長引いてしまうと、お客様商売としては印象も悪いでしょう。先ずは、権利を譲渡してもらえないかどうかの交渉をしてみましょう。
ということで、このお話の結末は・・・
雅美はミワコに、登録にかかった弁理士費用および出願料と登録料(10年分)を支払い、商標権は、ミワコから雅美に譲渡された。
うちの店で働いていたミワコが、ミワコが勝手にっ・・・